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杉林岳&杉林貴子

​Opus

OPUS

このアルバムは、面白いアルバムです。親子による共演です。お母さんと息子さんの共演です。そう聞くと、お母さんである貴子さんは音楽歴が長いと思ってしまいますね。しかし、貴子さんは40代ぐらいから歌を始め、気がついたら日本人では、なかなか難しい声の発声を身に着けてしまっていたようです。

そして、岳さんがストレートで桐朋学園大学に入学して、様々な先生たちに貴子さんの歌についてお話をすると、是非、お母さんの歌を聴かせて欲しいということになり、先生たちに貴子さんの歌声を聴いて頂いたところ、皆さんから認められ、東京に来た時は、指導を受けるようになってしまったのです。個人レッスンですね。そのお蔭で貴子さんは良い先生にご指導を受け、さらに才能を磨かれてしまったのでした。

 

ここで少しだけ貴子さんの経歴を

貴子さんが大阪信愛女学院短期大学初等教育学科で教員免許をとるために学ばれていました。音楽に関しての授業は、音大のような指導を受けることが出来たようで、指導される先生からは「子どもたちの大切な才能に悪い影響をあたえ、その将来性を傷つけるような指導をさせたくない、」と厳しく言われて、厳しく指導されたのです。さらに言葉の発音についても訓練させられたことが、歌詞の発音にかなり良い影響を与えられたと言われていました。

​短大卒業後、ご結婚され岳さんが誕生。3歳ぐらいから貴子さんのピアノに触れ始められました。そのピアノは貴子さんのお母様が、貴子さんが幼少期時代から毎月1,000円貯金をされた資金で貴子さんが高校生になられた時にピアノが届いたのです。それを使って大学の受験に備えて見事合格されてしまいました。岳さんはお祖母さんの愛情が籠もったピアノで学ばれ、岳さんが5歳ぐらいのときに「僕がママの伴奏をする。」と言われたようで、それには貴子さんは、びっくりもされ嬉しくもあったと言われていました。

 

さて、岳さんは、桐朋学園大学を卒業されると、すぐにウィーンへ留学されることになりました。そこでも岳さんは、先生たちに貴子さんの話をすると、桐朋学園大学を同じことが起きてしまいました。凄すぎますね。

そして、貴子さんの発声は「日本人の発声ではない!」と。それから貴子さんもウィーンでも指導を受けてしまうことになったのです。

 

そんな、びっくりな経歴を持つ貴子さんと伴奏者としても学びをしっかりとウィーンでされた岳さんの共演のアルバムです。

 

店主はトラック1のシューベルトの「愛のことづて」D.957を聴いたとき、いきなり外国人のような女性が歌い始めました。

その迫力。それは本物の持つエネルギーなのです。「えー本当!!!」という感じです。

最初は貴子さんの経歴を何も知らず、「日本人的な歌なのだろう」と思い込んでいたのでした。

それが木っ端微塵に打ち砕かれたのです。伴奏者としての岳さんの本物度を知ることもでき、日本人とは思えない歌を聴かせてくれる貴子さんの歌声を存分に味わえるアルバムに仕上がっています。

​また年齢的にも、それを遥かに超えた歌声を堪能させてくれることも多くの声楽を学ばれる女性にも大変な参考になるのではと思っています。

 

そして、このアルバムは何の修正もしていません。最近は、ツギハギだらけの録音が多い中、音楽性を大事にされるお二人は、加工食品のような録音は、良しとされないのです。その点もご理解を頂けると幸いです。

 

まさにSUPERNATURALです

​​価格は税込3,300円です。

EPSON258.JPG

アルバムをさらにご理解頂けるように杉林貴子さんと杉林岳さんへ色々と質問をさせて頂きました。
​最初は杉林貴子さんです。

OPUSについての貴子さんへの質問

Q1. このアルバムの制作動機について教えてください。提案者や目的なども

A1. 先ず、かねてから、コアなファンからの強い要望がありました。

そして、私はブックレットにも書きましたが、日本でコレペティの仕事について、もっと知ってほしい!という思いと、コレペティトゥーアとしての杉林岳の存在を知ってほしいという思いがありました。

 

Q2.貴子さんは録音前に準備をされたと思いますが、どれだけの時間をかけましたか?

A2. 時間としては数えきれません。ずっと以前から温めていた歌曲も沢山収録しましたので。

 

Q3.日本のホールにおいてご苦労されることはございますか?

特に今回、録音の使われたにはホールは如何でしたか?

A3. 日本のホールで苦労するのは、先ず調律師を選べない事が多いことです。

ピアニストにとって、調律師との信頼関係は最も重要なことです。

この収録に使ったホールは、ステージ上の響きが良く、ピアノもベーゼンドルファーで、調律師も信頼している方だったので、良かったのですが、録音技師の要望で、ピアニストと歌い手が離れないといけなかったので、歌い難い感じはありました。

 

Q4. 歌う時に心がけておられることはございますか?

A4. 歌い過ぎない、というかかっこつけて歌わない。素晴らしい曲を残してくれた詩人や作曲家に感謝して真摯に取り組む事を心がけています。

 

Q5. OPUSを聴かせて頂き質問者である私は、びっくりさせられてしまいました!

貴子さんの発声が日本人とは思えないですが、この発声(方法)は何時頃身につけられたのでしょうか?また、レッスンを受けて身につけられたのですか?

A5. かねてから日本人の発声は、欧米の方々の発声と決定的に違うな、と感じていましたので、常に模索はしていました。はっきりと違いが分かったのは、ウィーンの宮廷歌手のレッスンを受けてからです。その気づいた事を人に伝えることによって、更に確信が深まりました。

 

Q6. 岳さんが日本でもウィーンでも貴子さんのことを教授の皆様にご紹介されて個人レッスンを受けてしまうことになったとお伺いしましたが、日本におけるレッスンと、ウィーンにおけるレッスンの違いがあれば教えてください。

また、何れのレッスンにおいても学びになられたとお思いますが、特に印象に残った教授のレッスンは如何なるものだったのでしょうか?

A6. 日本でのレッスンでも、ヒントになる事は沢山教わりました。でも、やはり決定的だったのはウィーンでのオリヴェイラ・ミリャコビッチ先生のレッスンを受けた事です。今までとは全く違う事を言われました。そしてそれが私が自分なりに模索してきた事と繋がったので、こういう事でしょうか?と先生に質問したところ『そうです!』とお答えくださいました。

 

Q7. 伴奏者が息子さんということで、やり難いことはございましたか?

また伴奏者としての岳さんの評価は如何ですか?

A7. やりづらいことは一切ないです。

コレペティトゥーアとしての岳は、いつもパーフェクトです!

 

Q8. 貴子さんは短大時代に良い経験をされたとお伺いしましたが、どこかの音大にも通われたことがあるのでしょうか?

A8.音大に通ったことはないです。色々なマスタークラスは積極的に受けました。

 

 

OPUSについての岳さんへの質問 

Q1 このアルバムの制作動機について教えてください。提案者や目的なども

A1 母の返答とほぼ同じです。きっかけは、母とのコンサートの折に、たくさんのお客様から強い要望があり、「確かに二人のCD作ってなかったね」ということで、製作するに至りました。

 

Q2 岳さんはウィーン市立音楽芸術大学のリート・オラトリオコレペティション科修士課程、器楽コレベティション科修士課程、並びに室内楽大学教育課程を首席で卒業されていますが、それぞれの課程で学ばれたかった目的や課程で学ばれた内容を簡単に教えてください。

A2 母の影響や桐朋学園時代で得た声楽伴奏の経験から、ドイツ・リートの世界を追究したいと感じていました。ウィーン市立音楽芸術大学(MUK)のリート&オラトリオ・コレペティション科では、ドイツ・リートとオラトリオの分野で、歌手とペアになって伴奏法を学んだり、歌手に対して発音や解釈のアドバイスのノウハウを学びました。

器楽コレペティション科、並びに室内楽大学教育課程では、指揮者や様々な器楽奏者と密接に関わり合いながら、音楽的な表現やスタイルを理解し、アンサンブル能力とサポート能力を身につけることを学びました。

 

Q3 Live in Osakaではソリストとしての岳さんの演奏を聴かせて頂きました。

OPUSでは伴奏者としての岳さんの演奏を聴く事ができます。

ソリストと伴奏者において演奏で注意されている点について教えてください。

A3 純粋なピアニスティックな技術としては大きくは異なりませんが、伴奏者は文字通り「伴って」奏されなければなりません。時には寄り添い、時には導いたりする能力が問われます。それには共演者の性格や呼吸に合わせて、俯瞰して演奏するスキルが必要となってくるでしょう。そういった意味では、「伴奏者」という言葉は幾らか「付随している」ようなイメージがありますが、楽曲の魅力と共演するパートナーの潜在能力を引き出す重要な役割であることには変わりないのです。

 

Q4 Q3の質問に続くことですが、伴奏者としてご苦労があれば教えてください。

A4 共演者において、技術的に未熟な方はまだ良いのですが、自分よりも人間的に未熟な方と仕事をする場合は、大いなる苦痛が伴います(苦笑)。それでも、感謝の気持ちとともに、自分自身が「人間的に成長するための糧」として捉えることによって、音楽家として成熟できると考えています。

 

Q5 ウィーンで本格的な学びをされている岳さんです。ウィーン現地における伴奏者と日本人の伴奏者の違いなどあれば教えてください。

A5 ウィーンでは、伴奏者としてステージに立つだけでなく、様々な教育機関やオペラハウスなどで指導・サポートを行うコレペティトールとしての機会もあり、重要な仕事として捉えられています。

それに対し、日本では確かにコンクールやオーディションでの公式ピアニストや合唱団の伴奏、オペラの練習伴奏などのキャリアを積む機会はありますが、ウィーンと比較するとまだまだ少ない印象です。

また、ウィーンの音楽大学ではコレペティトールが指導する時間が設けられていますが、日本ではそもそも嘱託伴奏員といった立場しかなく、コレペティトールによるレッスンが行われていません。

室内楽コースがあるのもウィーンの音楽大学の特徴で、ソリストとしてのテクニックだけでなく、アンサンブル能力を磨く機会も得られます。日本の音楽大学では、室内楽の授業はありますが、基本的にソリストとしての教育に重きを置いている傾向が見られます。

 

Q6 伴奏者として御母上の歌の伴奏は難しいですか?それとも意思の疎通や経験から伴奏者としてのストレスは無かったのでしょうか?

また、伴奏者として御母上の歌はどのようにかんじられていました?

A6 母との演奏で、いかなる状況でも特にストレスは感じません。少年の頃から何げなく母の伴奏をしていたおかげで、呼吸の大切さを学んでいた気がします。

日本人の女性歌手の人口の割合からみても、本質的なアルトの絶対数は少ないと思いますので、そういった意味においても彼女の深く艶やかな声は類い稀なる才能であるでしょう。

 

Q7 今回のアルバムでの演奏に使用されたピアノはどこのメーカーですか?また調律師の方は、当然、専属の方ですか?

それともホール専属の方でしたでしょうか?

A7ベーゼンドルファー社です。調律はビーテック・ジャパンの菊池和明さんにお願いしました。B-tech Japan | B-tech Japan ビーテックジャパン

 

Q8 今回のアルバムでの録音において苦労されたことはございましたか?

A8 二日間という限られた時間の中で、歌手はコンディションを調整しながらのレコーディングでしたので、苦労しているようでした。また、ホールの響きを考慮しながらでしたが、マイクに向かって歌うのに慣れる必要があり、声量の調節を要求されると困惑は隠せない様子でした。

朝から録音して、母はだんだんと喉があったまってくるので夕方頃に向けて調子が上がってくるのですがピアニストは寧ろ逆で(笑)。

ピアニスティックな曲を何テイクも録音していると集中力が低下してくるので、母の調子が上がってきたころに私は横になっていることもありました(笑)。

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