カナダの雄「Persona B」
- lifesound
- 6月28日
- 読了時間: 6分
ベリリウムが示す純度と、再生という行為の本質
ある日、工場の所長とスピーカーの話をあれこれしていた。そんな中で、彼は珍しくこう言ってきました。
「これは、一度“正面から受け止めるべきスピーカーだと思う」

その言葉には、いつもの説明とは少し違う、ある種の確信のようなものが感じられました。
こうして迎え入れることになったのが、カナダ・Paradigm(パラダイム)社のフラッグシップ・ブックシェルフ「Persona B」です。
トゥイーターからウーファーまで純度99.9%のピュア・ベリリウムで統一されたその構成は、第一印象からして非常に特別な存在でした。金属的な冷たさというよりも、“純度そのものがそのまま音として立ち上がる”ような感覚があります。
見た瞬間は素直に「これはよくできている」と感じましたが、これまでの経験からくる小さな引っかかりも、同時に存在していました。
また、その一方で外観は面白く可愛い色使いをしており、そちらには素直に好感が持てました。
そして、実際に音を出した瞬間、その印象は、単純な良し悪しでは整理できないものへと変わっていきました。それは完成された美しさというよりも、あまりに情報量が多く、そしてあまりに正直な再生だったのです。
★ ベリリウム振動板という存在
ベリリウム振動板はとにかく応答が速く、音楽の細かな動きまできちんと出してきます。入力に対して非常に素直に反応するため、音の立ち上がりや微細なニュアンスがそのまま見えてきます。
その一方で、システム全体の状態もそのまま反映してしまうため、良くも悪くも“隠しが効かない素材”だと感じます。わずかな歪みや整合のズレさえも、曖昧にせずそのまま提示してくるシビアさがあるのです。
★ マルチウェイ構造とネットワークの現実
マルチウェイ構成では、ネットワークが帯域分割と位相制御を担っています。しかし実際の再生としては、信号が複数の経路を通過して再び合流するため、その過程で時間軸上の微細なズレや流れの変化が生まれます。
非常に丁寧に設計されていることや、良いパーツで構成されているのは理解できますが、それでも長く聴いていると、その構造的な影響が見えてくる場面があります。
導入初期に感じたストレスは、その後の調整によってかなり改善されました。しかし聴き込むほどに、ネットワークや内部配線の影響が完全に消えるわけではないことも見えてきたのです。
そこで内部配線材については、「超高域」までフラットに応答できる特性を持つ配線材へと交換する対応を行いました。この点については、輸入元の社長にも相談し、理解をいただいた上で進めています。
結果として、情報の通り方や時間軸の整理がさらに改善され、ベリリウムユニットの持つ応答性との整合も一段と取りやすくなった印象があります。特にベリリウムのような応答速度の高いユニットと組み合わさることで、その差はより明確になります。
高性能ユニットほど、システム設計の“余白”を隠さずに浮かび上がらせる。このスピーカーは、まさにその性質を持っていると感じました。
★ キャビネット・エアボリューム・空間
スピーカーはユニット単体では成立せず、キャビネット構造と内部エアボリュームを含めて一つのシステムです。HDFキャビネットの剛性やアルミバッフルの安定性は確かなものですが、それだけでは語り切れません。内部の空気量そのものが、音の制動や時間軸のまとまりに大きく関与しています。
この考え方は、そのままリスニングルームにも拡張されます。部屋もまた巨大なエアボリュームであり、家具の配置や吸音の量と質によって音の流れは変化します。
吸音についても単純に多ければ良いというものではなく、過度になると空間の自然なエネルギーが失われることにもなります。
★ フルレンジとの対比
フルレンジは、帯域分割がない分、音の流れに一体感があります。一方でマルチウェイは、帯域ごとの情報量と拡張性に優れています。
どちらが優れているかではなく、それぞれが異なる設計思想の上に成立しているものだと感じます。ただ実感としては、音楽の自然な流れという点において、フルレンジ的な方向性に魅力を感じる場面もあります。しかし、フルレンジだから何でも良いということではありません。
★ リスニング条件と距離
スピーカーの評価は単体性能だけでは完結しません。試聴距離や部屋の条件によって音のまとまり方は変わり、このクラスになるとその差もはっきりと現れます。
つまり評価とは固定された絶対値ではなく、環境との相互作用の中で成立する相対的な現象なのです。
★ ベリリウムという素材の位置づけ
ベリリウム振動板は以前から存在していましたが、加工の難しさやコスト、安全性の問題もあり、長く限定的な存在でした。
技術の進歩によって実用域に入ってきた素材ですが、その本質は単体で完結するものではありません。システム全体の設計思想や調整によって、その姿が大きく変わる素材であり、設計側に高い経験値と整合感覚を要求する素材だと感じます。
★ ライフサウンド的な視点
ライフサウンドの基準で見ると、Persona Bは非常に高い解像度と情報量を持つスピーカーです。
ただその一方で、再生の自然さという観点では、少し異なる性格も感じる場面があります。これは優劣というよりも、どこに基準を置くかによって見え方が変わる領域だと考えています。
★ 聴取経験と許容レンジ
これは好みの違いというよりも、これまでの音楽経験の違いによる部分が大きいと感じます。
特に生楽器を間近で聴いた経験がある人や、演奏に関わった経験を持つ人ほど、再生音のわずかな違和感や構造的な癖に気づきやすい傾向があります。これは優劣ではなく、どこまでを自然として受け入れられるかという“許容レンジ”の違いによるものです。
★ 総括
今回のPersona Bとの対峙を通じて改めて感じたのは、スピーカーは単体の性能ではなく、それらが統合されたときのバランスで成立しているということです。そしてもう一つは、高性能ユニットほどシステム全体の設計差をそのまま露わにしてしまう、ということでした。
最終的に残るのはスペックではなく、再生という行為そのものと、人間側の許容レンジとの関係だと感じています。この領域は単純な良し悪しでは語れないところにありますが、同時に、ごまかしの効かなさが、はっきり出る世界でもあります。
そして、最後に思うのは、やはり当初から感じていたとおり、このスピーカーは“手強いスピーカー”なのだということでした。
しかし、これで終わらせる店主ではありません。 この呟き(ブログ)を書いていると、ふと、あるアイデアが頭に浮かんで来ました。
対象が違うので失念していました。(汗)
このスピーカーは、決してこれで終わったわけではない。そんな確かな感覚があります。
近いうちに時間を作って、この忘れていたアイデアを、じっくりと確かめてみようと思っています。



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