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音楽再生の「本来の在り方」へ

  • lifesound
  • 6月9日
  • 読了時間: 6分

21世紀はデジタルの時代であると、多くの人が信じてきました。

しかし、どれほどデジタル技術が進歩しようとも、最終的に私たちが耳にするのは空気の振動です。


つまり音楽は、最後には必ずアナログへ戻らなければなりません。

デジタル技術の進歩は確かに素晴らしいものでした。膨大な音楽を手軽に持ち運び、誰もが簡単に楽しめる時代を実現しました。しかし音楽再生という視点で見たとき、利便性を追求するあまり、音楽そのものの感動や生命感が置き去りにされてしまった部分も少なくありません。


その結果、オーディオ再生にじっくり時間をかける人は、かつてより大幅に減ってしまいました。

少しでも良い音を求めて多くの人々が集まっていた秋葉原の熱気も、今では遠い昔の話です。


大手スーパーの電気売場ですら数え切れないほどのカートリッジが並び、音楽再生の可能性に胸を躍らせていた時代がありました。


今振り返ると、あれは実に贅沢な時代だったのかもしれません。


デジタルとアナログの「不都合な真実」


一般的にはデジタル録音はダイナミックレンジが広いと言われています。

確かに理論上はその通りです。


しかし現実に流通している多くの音源は、ラウドネス競争や各種の音圧処理によって、本来持っていたダイナミックレンジを大きく失っています。

その結果、音楽が持つ爆発的なエネルギーや、微小信号に宿る繊細な表情が十分に伝わらなくなってしまいました。


もちろんデジタル技術そのものが悪いわけではありません。

問題は、音楽をより豊かに伝えるための技術が、いつの間にか数値や効率を優先する方向へ偏ってしまったことです。


本来デジタルとアナログは競い合う関係ではありません。


お互いの長所を活かし、短所を補い合う関係であるべきなのです。

ところが近年は、

「DACが良ければ音が良くなる」

という考え方が、一種の常識のように語られることがあります。

もちろんDACは重要です。


しかし、私はDACだけで音楽が決まるとは考えていません。

どれほど優秀なDACチップを搭載していても、その後段にあるアナログ回路が貧弱であれば、音楽の生命感や響きは失われてしまいます。


さらに、その先に接続されるケーブルや電源環境、設置方法、そして部屋の響きまで含めて初めて一つの再生システムが完成します。

実際、同じDACチップを採用していても、メーカーによって音がまったく異なることは珍しくありません。


それはDACチップそのものではなく、その前後を支えるアナログ技術や設計思想が音を決定づけているからです。


料理に例えるなら、最高級の食材だけを用意しても感動的な料理にはなりません。

素材を活かす技術があって初めて、人の心を動かす一皿になります。


音楽再生も同じです。

デジタルからアナログへ変換された瞬間から、そこには単なる信号ではなく「音楽」の世界が始まります。

そして、その音楽をどう育てるかこそが、本来のオーディオの仕事なのです。


スペック至上主義が失った「響き」


現代のオーディオ製品には、測定値ばかりを追求し、音楽が本来持っている響きや余韻を軽視しているものも少なくありません。

S/N比や歪率は確かに重要です。

しかし、それだけで音楽の感動は測れません。


ピアノの音を厳密に聴いてみると、決して一本の線のような固定された音ではないことが分かります。

打鍵された瞬間から倍音が幾重にも重なり、響板や木材の共振によって音色は刻々と変化していきます。

その微細な揺らぎこそが、生演奏を生演奏たらしめている大切な要素です。


ところが現代のオーディオの中には、その揺らぎや響きを「不要なもの」として排除する方向性すら見受けられます。


音楽とは本来、測定器で聴くものではありません。

人間の心で感じるものです。

だからこそ私は、数字だけでは説明できない「音楽の生命感」を大切にしたいと考えています。


「スタジオの理想」という大いなる勘違い


さらに面倒なことに、

「スタジオの環境こそ理想である」

「余計な響きがないほど良い」

と、その意味を履き違えている人たちがいます。


スタジオが過剰なほど吸音をしているのは、最高の音響空間だからではありません。

生の楽器や人間の声が持つ凄まじいエネルギーが、限られた空間の中で跳ね返り、録音に悪影響を及ぼすことを防ぐための、物理的な制約による対策なのです。


録音上の都合として行われている処理を、そのまま一般家庭へ持ち込んでしまうと話は変わります。

厚手のカーペット。

厚手のカーテン。

大量の吸音材。

低音処理のための過度な対策。

これらをやり過ぎてしまうと、音楽が本来持っている生きた響きや空間表現まで失われてしまいます。


壁の反射で生まれる豊かな響きも、音楽を構成する大切な要素の一つです。

それを根こそぎ消してしまえば、残るのは無機質な音だけです。

これでは、自ら音楽の息の根を止めているようなものです。


デジタル再生を見直す流れは、すでに始まっていた


実は、この流れは突然始まったものではありません。

今振り返ると、その先駆けの一つが、ソニーのHAP-Z1ESだったのかもしれません。

単なるスペック競争ではなく、

「音楽をいかに自然に聴かせるか」

という視点から開発されたこのプレーヤーは、多くのデジタル機器とは異なる魅力を持っていました。

店主も発売当時から高く評価してきましたが、その理由は測定値では説明できない音楽の生命感や自然な表現力にあります。


デジタル技術を使いながらも、音楽が本来持っている流れや躍動感を失わない。

今になって振り返ると、HAP-Z1ESはデジタル再生を本来の姿へ戻そうとした先駆的な存在だったように思えます。


救世主の登場と、これからのオーディオ


私自身、この問題意識を抱えながら数多くの機器を聴いてきました。

その中で一貫して感じてきたことがあります。

それは、ROTELがアナログ黄金期の音楽再生の本質を忘れていないということです。



音楽が持つ響き。

生命感。

躍動感。

それらを単なるスペックではなく、実際の再生音の中で表現しようとしている数少ないメーカーの一つだと感じています。


そして今年、その思想と響き合う存在としてソニックコレクターが登場しました。

正確性と生命感。

デジタルとアナログ。

相反するように見える両者が補完関係となったとき、音楽は再び本来の姿を取り戻し始めます。



私は今、その大きな転換点に立ち会っているような気がしています。

では、その過剰吸音の罠から抜け出し、一般住宅において機材が持つ本来の音楽性を100%引き出すためには、どうすれば良いのでしょうか。


申し訳ありません。


ここから先は当店の企業秘密です。


ただ一つだけ申し上げるならば、

音楽を殺している原因は機器だけではありません。

多くの場合、それは部屋の中にあります。


そして、もう一つ。


DACチップやスペック表だけを眺めていても、本当の音楽にはたどり着けません。

音楽とは、デジタルとアナログ、機器と空間、そして人の感性が一つになったときに初めて姿を現すものだからです。


これは21世紀の音楽再生における大きな要素でもあるのです。


その答えに気づいたとき、皆様が長年探していた「本当の音楽」が、ようやく姿を現し始めることになると思います。



 
 
 

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