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「数値」ではなく「人の耳」が、最後に音響空間を完成させる

  • lifesound
  • 7月10日
  • 読了時間: 4分


現代の音響設計は、コンピューターシミュレーションや測定技術によって飛躍的な進歩を遂げました。しかしその一方で、「人が心から音楽を楽しめる空間」が本当に増えたのだろうかと考えると、私は時折、疑問を感じることがあります。

もちろん、測定技術を否定するつもりはありません。それは音響設計において欠かすことのできない重要な技術です。しかし、「測定器だけでは音響は完成しない」と、私自身が強く実感した出来事が何度かありました。


■ 測定器を使わず、「耳」だけで解決したホール音響


あるとき韓国で、音響専門の大学教授が設計した3,000人収容と1,500人収容の教会施設において、「牧師の声が聞き取りにくい」という問題が発生しました。

もちろんそこは、最新のコンピューターシミュレーションや測定技術を用いて設計された音響空間です。しかし、実際に運用が始まると、「声が聞き取りにくい」という現実の壁にぶつかったのです。

そこで招かれた神木社(かみきしゃ)の知人は、測定器を一切使うことなく、自らの耳だけを頼りに音響を調整し、見事に問題を解決していきました。

また、私自身も静岡県や新潟県のホール関係者から、「音響が悪く、このままでは演奏会が心配なので助けてほしい」と相談を受けたことがあります。しかも、調整に与えられた時間は本番直前のわずか半日。その日の夜には本番が控えていました。

その際に私が使用したのが、神木社が開発した音響調整用の「マッピングディスク」です。測定器は一切使わず、実際の響きを耳で確認しながら、一つひとつ音響を整えていきました。

結果は演奏会も大成功。事前には「マエストロは非常に厳しい方なので注意してください」と聞かされていましたが、そのようなことは全くなく、終演後のマエストロは大変ご機嫌で、胸をなでおろしたのを覚えています。

なお、このとき使用した神木社の「マッピングディスク」は、音響空間の調整を目的として開発されたツールです。残念ながら、主要材料であるエボニー(黒檀)の入手が困難となったため、現在は生産を終了していますが、私にとって数々の現場を救ってくれた、忘れることのできない相棒です。


■ 数理を尽くし、最後は「耳」で完成させた先人たち


このような経験を重ねるたびに、私は一つの確信を持つようになりました。 「最後に音響空間を完成させるのは、数値ではなく、人の耳なのではないか。」

バッハは優れたオルガン奏者であると同時に、各地の教会で新設・改修されたオルガンの鑑定を数多く務めていました。現地で実際に演奏し、楽器だけでなく教会空間の響きも確かめながら評価していたことは、よく知られています。

さらに時代を遡れば、古代ギリシャやローマの野外劇場も同じです。紀元前1世紀のローマの建築家ヴィトルヴィウスは、その著書の中で劇場音響について極めて数学的な記述を残しています。



ヴィトルヴィウスの記述に基づくローマ劇場の設計図(平面図・断面図). Source: DEA / ICAS94 / De Agostini via Getty Images


客席の傾斜や配置には幾何学や比例に基づいた緻密な設計が行われ、座席の下には音程の比率に合わせて調律された青銅製の共鳴器(甕)まで用いられていたと伝えられています。

つまり、昔の人たちは決して感覚だけで音響をつくっていたのではありません。持てる限りの知識や技術を尽くしたうえで、最後は実際の響きを職人たちの耳で確かめながら空間を完成させていたのです。


日本の伝統的な芝居小屋の構造(愛媛県・内子座). Source: SHIKOKU GUIDE - Complete Shikoku Tourism Information Site -


この知恵は西洋に限ったことではありません。日本でも、四国に残る伝統的な歌舞伎劇場(芝居小屋)の床下には大きな甕(かめ)が埋め込まれており、役者がドンと足拍子を踏んだ際に最も美しく響くよう、職人たちの手で絶妙な調整が施されています。





洋の東西を問わず、それらの空間は数百、数千年の時を経た現在でも、「素晴らしい響きを持つ空間」として語り継がれています。


■ 家庭のリスニングルームも同じ


この考え方は、ご家庭のリスニングルームでも全く同じことが言えます。

スピーカーを数多く設置すれば、一見オーディオの音が豊かになるように思えるかもしれません。しかし実際には、それぞれのスピーカーやエンクロージャーが互いに影響し合い、反射や共振、回折などが複雑に絡み合うことで、音響空間は急激に難しくなります。

その結果、音楽が本来持っている自然な流れや響きが損なわれてしまうことも少なくありません。

ホールであれ、リスニングルームであれ、大切なのは「複雑な音響をつくること」ではなく、「音楽が自然に呼吸できる空間をつくること」です。私がシンプルなシステム構成を大切にしている理由も、まさにそこにあります。


■ おわりに

音楽とは、人間の耳と心で味わい、楽しむものです。

どれほど優れた技術を用いても、この原点を見失ってしまっては、本当に良い音楽再生は完成しないと私は考えています。

測定技術も、設計技術も、すべては音楽をより深く味わうためにあります。これからもライフサウンドは、その原点を大切にしながら、自然な響きと音楽の感動を追い求めていきたいと思っています。

 
 
 

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