樹齢500年の時を超えて——宮崎・綾町の日向本榧(ひゅうがほんがや)で誂えた「100年使う家宝のまな板」と、奇跡の由来書
先日、我が家に生涯(そして孫子の代まで)受け継ぐことのできる、実に素晴らしい「家宝」が届きました。 宮崎県綾町で採れた、樹齢500年(あるいはそれ以上)とも言われる「日向本榧(ひゅうがほんがや)」で作られたまな板です。
手元に届くまでのドラマチックな経緯と、そこに込められた職人さんとの物語を少し書き残しておきたいと思います。
はじまりは、アシスタントの妻の相談から
ことの起こりは、妻が「熊須碁盤店」のご三男である熊須直樹さんに相談したことでした。 熊須碁盤店といえば、宮崎県綾町で日向本榧の歴史を守り続ける名門中の名門です。
当初、妻は直樹さんから「手持ちの中で6番目に良い榧」を使った15,000円のまな板を提案され、それでお願いしようとしていました。 しかし、その話を聞いた私は思わず首をかしげました。
「せっかく本榧の素晴らしい道具を誂えるのに、なぜそのレベルで納得してしまうんだ?」
最高峰の素材と手仕事が集う熊須碁盤店さんにお願いする以上、妥協したものを残したくはありません。 予算の上限を聞くと25,000円とのこと。私はすぐに直樹さんへお電話をし、「道具としての価値基準」についてじっくりとお話しさせていただきました。
秘蔵の原木と、職人の胸の内
電話の中で最初に出てきたのは、貴重な「出雲の榧」でした。 しかし話を進めるうち、直樹さんがふと「東郷の榧(樹齢500年もの)」の提案をしてくださったのです。
きっと直樹さんの内心には、「本当に良いものを求めてくれるなら、ずっと大切に保管してきたあの秘蔵の材を活かしたい」という強い想いがあったのだと思います。
職人の、その秘めたこだわりに心打たれた私は、迷わず東郷の榧に変更していただくことにしました。。さらに音に対する影響も確認したかったのです。
商談がまとまり、私はただの日常の道具として終わらせるのではなく、100年持ち、孫子の代まで受け継ぐ「家宝」として愛用したかったため、直樹さんに一つ大きな願い事を出しました
「このまな板がどこから来て、どう作られたのか。刀剣でいう『折り紙(鑑定書・証明書)』のような由来書を作ってほしい」
由来書をお願いしたからこそ判明した「奇跡の真実」
実は、ここからが本当の奇跡のはじまりでした。
直樹さんが由来書を認めるにあたり、確認のために二代目であり「現代の名工」でもあるお父様の熊須健一さんにあの原木について尋ねられたところ、お父様から衝撃の一言が返ってきたのです。
「あれは東郷ではない。綾町で採れた榧だ」
なんと、直樹さんご自身も「東郷の榧」と思い込んでおられたあの原木は、熟練の眼利きを持つお父様の記憶によって、実は「綾産の榧」であったことが判明したのでした。
日本有数の照葉樹林が広がる綾町の山々は、現在ではユネスコエコパーク(生物圏保存地域)に指定され、国の森林生態系保護地域として伐採が厳重に禁止されています。今や木一本たりとも勝手に切ることは許されない、真の保護区域です。
つまり、綾町で採れた榧とは、保護規制が入る何十年も前に正当に切り出され、職人の手で秘蔵・乾燥されてきた「二度と手に入らない幻の銘木」だったのです。
過酷な自然に耐え、500年どころかそれ以上の途方もない年月を生き抜いてきた極上の日向本榧。
もし私が妥協して15,000円の提案で納得していたら。 もし直樹さんに「由来書(折り紙)」をお願いしていなかったら。 直樹さんがお父様に確認されることもなく、このまな板の真のルーツが「綾町産の幻の榧」であったことは、誰にも知られないまま永遠に埋もれていたことでしょう。
オーディオ屋のつぶやき:榧の木が生み出す「音」の魅力
ここで少し横道にそれますが、日頃オーディオを手がける者として、どうしても触れておきたい「音」の話があります。
この榧のまな板を使い、包丁で食材を切っていると、トントンと実に心地よい、素晴らしい音がするのです。
囲碁や将棋の世界で、本榧の盤に石や駒を打ったときの澄んだ響きと打感さらに疲労が無いとので最高峰とされるのは有名ですが、まな板になってもその本領は遺憾なく発揮されます。
包丁を受け止める柔らかな弾力と適度な硬さ、そして木そのものが持つ音響特性の高さ。
一見オーディオとは直接関係のない話のようですが、極上の木材が生み出す「音の響き」の美しさには、共通する深い感動があります。食材を刻む音すらも耳に心地よく、五感全体が満たされるような感覚です。
500年の時を刻んだ木を、我が家の家宝に
こうして、25,000円という信じられないような価値で我が家にやってきた一枚のまな板。
古くから木材の世界では「檜(ヒノキ)千年、槙(マキ)万年、榧(カヤ)無限」と語り継がれています。
豊かな精油成分による強力な天然の防虫・抗菌効果と、水に強く腐らない驚異的な耐久性を持ち、木材の「ダイヤモンド」と称される榧の木。まさに「無限」の寿命を誇るにふさわしい、類稀な気品と生命力を放っています。
500年以上の時を綾の深い山で静かに刻み、ユネスコ指定の保護林となる前の歴史を背負い、名工の父子の手を経て、今こうして我が家の台所に鎮座している。 そして、その奇跡的な成り立ちが直樹さんの手でしっかりと「由来書」として刻まれ、添えられることになりました。
このまな板を使うたび、木の持つ壮大な歴史と職人さんとの温かいご縁に想いを馳せています。
これは単なる道具ではなく、我が家の歴史そのもの。娘や孫たちにも、この物語と本物の価値を末永く伝え続けていってほしいと心から願っています。




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