時を超えて蘇る音楽。そして、オーディオ再生の原点。
楽器が持つ響きは、時代を超えて伝わるものなのだろうか。
今回は、アコースティックギターをスピーカーの間、少し後方に置いて音楽を再生してみました。
最初に試したのは、Mさんがお持ちの1921年製、スペインのギター製作家ドミンゴ・エステソのギターです。その違いを確かめるため、Life Soundが所有する2017年製のホアン・エルナンデスによるトーレスモデルでも試してみました。
どちらもギターとしての個性を持っていますが、再生音に現れる印象は明らかに違います。

エステソから感じるのは、長い時間を経てきた楽器ならではの響きです。音の締まりがあり、歴史を感じさせる独特の佇まいがあります。エステソの時代に生まれたギターの響きが、まるで時間を超えて蘇ってくるようです。

アントニオ・デ・トーレスは、ギターのストラディバリとも称される製作家です。
エステソはトーレスの弟子ではありませんが、マヌエル・ラミレスの工房で研鑽を積み、スペインギターの伝統を担った製作家の一人です。
そのエステソの響きを生々しく聴いていると、トーレスが礎を築いた近代スペインギターの伝統にも思いが及びます。
単に古いギターの音を再現するだけではありません。当時の人々がどのような音に美しさを感じ、どのような感性で音楽を楽しんでいたのか。そんなことまで想像させてくれます。
一方、2017年製のエルナンデスから感じるのは、明るく若々しい響きです。こちらは歴史を遡るというより、スペインギターが持つ音の魅力を聴かせてくれます。

響きの締まりという点ではエステソに惹かれますが、どちらのギターを置いても、スピーカーの奥にギターを演奏する人がいるように感じられることは共通しています。
同じギターという楽器でも、製作された時代や作り手によって、これほど違う表情を見せてくれる。その違いが、再生音の中に自然に現れてくることが興味深いのです。
調律がもたらす違い
今回、もう一つ確認できたことがあります。
それは、ギターの調律が正しく整っているかどうかで、再生音の印象が大きく変わることです。
ギターの調律が合っていない状態では、再生される音が濁って聴こえます。
これは事前に予想していたことですが、実際に試してみると、その違いははっきりと感じられました。
ギターは弦だけで音を出しているわけではありません。弦の振動は駒を通して表板に伝わり、胴全体を振動させます。さらに、楽器の構造や木材の特性が、そのギターならではの響きを形づくっています。だからこそ、調律が整っていることも大切なのだと思います。
YouTubeで公開されているギター演奏を再生しても、この違いは確認できました。音源の形式や音質だけでは語れない、再生システムと実際の楽器が関わる面白さがあります。
楽器本来の響きを損なわないために
今回の試みを通して、改めて考えさせられたのがオーディオ機器のあり方です。
アコースティック楽器の音には、弦の振動だけでなく、胴の響きや音の立ち上がり、そして消えていく過程にまで、その楽器ならではの個性があります。その繊細な響きを再生するためには、スピーカーだけでなく、アンプやケーブル、内部配線、キャビネットの構造まで考える必要があります。
Life Soundでは、撚り線構造のケーブルが音に与える影響についても、独自の考えを持っています。導体を撚り合わせる構造が音の伝わり方に影響し、楽器本来の響きとは異なる音を加えてしまうことがある。その点を重視しています。
スピーカーの内部配線も同じです。外部のケーブルだけを選んでも、内部配線の考え方が異なれば、システム全体としての音は整いません。
また、ネットワークを介するスピーカーでは、回路を構成する部品やその実装方法も無視できません。電気的な信号の変化だけでなく、部品や構造体の振動という観点からも考える必要があります。
そして、スピーカーのキャビネットも音に関わります。素材や構造によって振動の仕方は変わり、それが再生音の個性にもつながります。こうした一つひとつの要素が重なり、最終的に聴こえてくる音が決まります。
ギターを実際に弾き、その振動を自分の身体で感じたことがある人なら、再生音に何が加わり、何が失われているのかを判断する手掛かりを持っていると思います。
聴けば分かるこの問題。しかし、それが分からない人もいます。オーディオ再生において、この違いを理解できるかどうかで、進む道は大きく分かれるのではないでしょうか。
オーディオ再生の原点
Life Soundが扱う機器を選ぶとき、私が大切にしている基準の一つが、アコースティック楽器の自然な響きをどこまで活かせるかということです。それはスピーカーだけの話ではありません。アンプ、ケーブル、内部配線、キャビネットに至るまで、システムを構成するものすべてに関わります。
もちろん、音楽にはさまざまな表現があります。エレキギターのように、アンプやエフェクターによる音作りそのものが表現の一部となる楽器もあります。ハードロックなどを楽しむのであれば、その音楽にふさわしい再生環境を考えることも大切です。
しかし、アコースティック楽器が持つ響きを再生するのであれば、楽器本来の音を損なわずに伝えることが重要だと考えています。
オーディオ再生は、忠実であるべきでしょう。解像度や音場の広さ、スペックの優劣だけを追い求めても、楽器が持つ本来の響きが失われてしまっては意味がありません。
今回、二つの時代のギターをスピーカーの間に置いて聴いたことで、改めてそのことを感じました。
オーディオは音楽のために有る。
機械の音を聴くのではなく、音楽そのものと向き合うこと。
それが、Life Soundにとってのオーディオ再生の原点です。
【参考資料】歴史的背景とギター製作家について
1. ドミンゴ・エステソ(Domingo Esteso, 1882–1937)
マヌエル・ラミレス工房での研鑽
スペイン・クエンカ出身のエステソは、マドリードに移り、名工マヌエル・ラミレスの工房で修業しました。同じ工房ではサントス・エルナンデスやエンリケ・ガルシアも働いており、エステソは当時のスペインギター製作を代表する職人の一人となりました。
独立と自身の工房
その後、エステソは独立し、マドリードのグラビーナ通り7番地に工房を構えました。妻のニコラサ・サラマンカも塗装などの仕事を担っていました。
工房を開いた正確な年については資料によって記述に違いがありますが、1921年製の今回のギターは、エステソが独立して自身の名を冠した楽器を製作していた時期のものです。
コンデ・エルマノスへの継承
1937年にエステソが亡くなった後も、妻ニコラサと甥たちによって工房の仕事は引き継がれました。その後、「Viuda y Sobrinos de Esteso(エステソ未亡人と甥たち)」の名を経て、コンデ・エルマノスへと発展していきました。
ファウスティノ・コンデとマリアーノ・コンデはエステソのもとで製作技術を学び、後にその伝統を受け継いでいきました。コンデのギターは、パコ・デ・ルシアをはじめとする著名な演奏家にも愛用されました。
2. ホアン・エルナンデス(アルベルト・エルナンデス製作/トーレスモデル)
スペイン・バレンシアのギター製作工房
ホアン・エルナンデスは、スペイン・バレンシア地方のトゥリス出身のギター製作家です。15歳でエステベ工房に入り、長年にわたって製作技術を学びました。
現在は息子のアルベルト・エルナンデスらとともに製作を行っています。アルベルトは工房の中心的な製作職人として、ギター製作を担っています。
トーレスモデル
Life Soundが所有するのは、2017年製のトーレスモデルです。ホアンの息子アルベルトが製作しました。
アントニオ・デ・トーレス(1817–1892)は、近代クラシックギターの基礎を築いた製作家として知られています。その設計や構造は、後世のギター製作に大きな影響を与えました。
ホアン・エルナンデスのトーレスモデルも、そうしたトーレスのギターを手本としたモデルです。伝統的なスペインギターの構造を取り入れながら、現代の製作技術によって仕上げられています。



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