音楽を楽しむという、本来の目的を忘れていないだろうか
最近のオーディオ製品を見ていると、外観は美しく、仕上げも立派で、測定上の性能も優れたものが数多くあります。 しかし、時々、疑問に思うことがあります。 それだけの技術が進歩しているのに、以前よりも音楽を楽しめるようになったのでしょうか?
オーディオは、そもそも何のためにあるのでしょう。 それは、音楽を楽しむためです。
ところが、いつの間にか機器の性能や数値、解像度、音場の広さ、定位といった要素が重視され、それらを比較すること自体が目的になってはいないでしょうか。
もちろん、技術や測定が不要だと言っているわけではありません。
測定は、機器の特性を知り、設計や改善に役立てるための大切な手段です。
しかし、測定値が優れていることと、音楽が生き生きと聴こえることは、必ずしも同じではありません。
音楽を聴くのは機械ではありません。人間です。 子供たちは、オーディオの知識も、機器の価格も、ブランドも知りません。それでも、音楽を聴けば、楽しいのか、心地よいのか、もっと聴きたいのかを素直に感じ取ります。 そこには、難しい理屈も先入観もありません。 そうした人間本来の感覚こそ、大切にしたいと思っています。
素材の個性を大切にしているだろうか
もう一つ、以前から気になっていることがあります。 それは、スピーカーに使われる素材についてです。
現代のスピーカーでは、MDFをキャビネットの主要材料として使用する製品が数多くあります。 MDFは均質性が高く、加工しやすい素材です。しかし、天然木材とは性質が異なります。 ヴァイオリンやクラシックギターなど、楽器の世界では、木材の種類や木目、密度、硬さ、振動特性などが大切にされています。 それぞれの木材が持つ個性を理解し、その良さを生かすために、製作家は素材と向き合っています。
以前、私は天然木材を使用したように見えるスピーカーを聴く機会がありました。 ところが、実際にはMDFを主体とした構造に、比較的厚い天然木材を貼り付け、ネジで固定したものでした。 何度か聴きましたが、私にはどうしても生きた音楽が感じられませんでした。
もちろん、これは私自身の試聴経験から感じたことです。しかし、素材の違いが音に影響を与えることを考えれば、単に外側に天然木材を使えば良いという話ではないと思います。 素材の個性をどのように生かすのか。そこを考える必要があるのではないでしょうか。
吸音することが、本当に良いことなのか
スピーカー内部の吸音材についても、同じような疑問を持っています。 一般的には、グラスウールなどを使用して、内部の反射や共振を抑える設計が行われています。
しかし、吸音材もまた、一つの素材です。当然、その素材には固有の性質があり、スピーカー内部の音響環境に影響を与えます。
不要な共振を抑えることは、設計上の一つの目的でしょう。
ただ、そこで考えてほしいのです。
音を抑えることで、何か大切なものまで失われている可能性はないでしょうか ?
楽器は、木材や金属など、それぞれの素材が持つ振動や響きを生かして音を生み出しています。
それなのに、スピーカーでは、内部のエネルギーを吸収することばかりが重視されていないでしょうか。 Life Soundでは単に不要なものを取り除くという考え方だけでは、音楽の生命感を十分に伝えられないのではないかと考えています。
機器を増やすことで、本当に満足できているだろうか
オーディオの世界では、スピーカーやアンプを何台も所有し、次々と機器を買い足していく人もいます。
もちろん、それぞれの機器を比較することが趣味の楽しみである場合もあるでしょう。
しかしながら、一方では、なかなか満足できずに機器を増やし続けているように見えることもあります。
私は、そんなとき、少し立ち止まって考えてほしいと思うのです。
本当に必要なのは、新しい機器なのでしょうか。
それとも、今あるシステムが十分に音楽を楽しめない原因を、別のところに探す必要があるのでしょうか。
特に、部屋の音響環境は重要です。 スピーカーの設置や壁、床との関係、反射や残響など、音楽を聴く空間そのものが再生音に関わっています。 機器を増やすことに意識が向きすぎて、肝心の部屋の環境が置き去りになってはいないでしょうか。 機器を所有することと、音楽を楽しむことは、本来別のものです。また、吸音ばかりに頼っていませんか?
食べ物にも、同じことを感じる
こうした問題はオーディオの世界だけにあるとは思っていません。
食べ物も同じです。
最近のアイスクリームやコンビニで販売されている食品を見ても、原材料や製法について考えさせられることがあります。
便利さや価格、保存性、見た目を優先するあまり、食べる人の健康や、食べる喜びが後回しになっていないでしょうか。
もちろん、便利な食品が人々の暮らしを支えていることも事実です。
しかし、私たちは何を食べ、何を選んでいるのかを、もう少し意識しても良いのではないでしょうか。
近いうちに、まな板博士の話も紹介したいと思っています。また、北伊醤油の醤油やソースについても、いずれ取り上げたいと考えています。
一見、オーディオとは関係のない話に思えるかもしれません。しかし、私にとっては同じことです。 素材を知り、その良さを生かし、使う人や食べる人のことを考える。そこには、仕事に対する姿勢が表れます。
豊穣という、本当の豊かさ
Life Soundでは、こうした考え方を「豊穣」という言葉で捉えています。
豊穣とは、単に物がたくさんあることでも、経済的に豊かになることだけでもありません。
人々の暮らしが潤い、心が安らぎ、幸福を感じられることです。 そのために仕事があり、ものづくりがあるのではないでしょうか。
オーディオも例外ではありません。 音楽を楽しむ人の心を豊かにすること。
それを忘れて、機器を売ることや利益を上げることだけが目的になってしまえば、この仕事の本質を見失ってしまいます。 利益は仕事を続けるために必要です。しかし、豊穣を切り離した繁栄は、本当の意味では長続きしないと思います。
作る人、届ける人、使う人。それぞれの暮らしが潤い、関わる人々が幸せになる。そこにこそ、仕事が生み出す本当の価値があるのではないでしょうか。
オーディオは音楽のためにある
本来、スピーカーは音を出すためだけの箱ではありません。 アンプも、ケーブルも、オーディオ機器も、すべては音楽を楽しむために存在しています。 機器の性能を競うことが目的になり、音楽そのものを楽しむ気持ちを忘れてしまったら、何のためのオーディオなのでしょうか。

Lifesoudは、音楽には人の心を潤し、生きる力を与える力があると考えています。
だからこそ、音楽を再生する機器にも、その生命を伝える役割があると考えています。
スピーカーは音を出すための箱ではありません。
音楽の生命を伝えるための存在です。
音楽を楽しむこと。 人の暮らしを豊かにすること。 そして、その先にある幸福を大切にすること。
オーディオは音楽のためにあり、音楽を楽しむ人のためにある。
それが、Life Soundを貫く基本的な考え方です。
当たり前のことですが、それが難しい時代にもなっているので、この考え方を忘れないでいたいものです。



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