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買い手も売り手も、幸福になってほしい

lifesound
11 時間前
読了時間: 8分

ライフサウンドを訪れる方から、よくこんなご相談をいただきます。

「解像度をもっと上げたい」「S/Nを高めて、高音の伸びや低音の押し出しを強めたい」

音響を追求する者として、その探求心はよく理解できます。


技術的な細部に向き合うことは、私自身の仕事でもあり、情熱を注いでいる部分でもあります。

しかし、時折ふと思うのです。

「私たちは、音を聴くために音楽をかけているのだろうか?」と。


オーディオシステムに向き合っていると、いつの間にか「帯域のバランス」や「解像度」「スペックの高さ」といった、音そのものの評価に意識が向いてしまいがちです。


しかし、本来の目的は、そこではないはずです。


私たちが本当に求めているのは、単に高性能な機械でも、数値上優れた再生音でもありません。

音楽を聴くことで心が動き、演奏者の息づかいや楽器の響きに触れ、心から音楽を楽しめること。

その状態こそが、オーディオの本来の目的ではないでしょうか。


「肉厚なパーツ」や「プロ用規格」が陥る罠


音楽を楽しめる状態をつくるために、私が最も避けたいと考えていることがあります。

それは、再生システムによって音を人工的なものに変質させてしまうことです。


例えば、プロ用規格として広く普及しているXLR(バランス)接続や、そこに組み合わされる肉厚で重厚な金属プラグです。


ノイズに強い、頑丈である、接点がしっかりしている。そうした構造上の利点が、そのまま音楽表現の豊かさにつながると考えられがちです。


しかし、電気的なノイズ対策としての合理性と、音楽を生き生きと再生するための条件は、必ずしも同じではありません。


バランス伝送では、二つの信号の差を利用して同相ノイズを除去します。一方、接続部分には接点があり、プラグや端子にはそれぞれの材質や構造があります。


さらに、必要以上に肉厚で重い金属部品を使用し、物理的な質量や締め付けによって振動を抑え込もうとする設計もあります。


私は、こうした構造上の合理性や重厚さが、無条件に音楽的な優位性をもたらすとは考えていません。


むしろ、音を物理的に固め、抑え込むことで、本来備わっているしなやかさや自然な響きまで失わせてしまうことがあると感じています。


一見すると、ノイズが少なく、重厚で、整った音に聴こえるかもしれません。

しかし、それが演奏者の息づかいや楽器の自然な響きを損なっているのであれば、果たして音楽を再生していると言えるのでしょうか。


以前、あるメーカーに雇われた外国人エンジニアとこの話になり、そこでテストをしました。彼はXLRの優位性が素晴らしいと言っていたのですが、RCAに接続した時に「この音の響、美しくない?音楽が活き活きと聴こえるだろう?」というと、沈黙してうつ向いてしまいました。


音を整えることと、音を抑え込むことは違います。


音楽の表現を豊かにするために必要なのは、力づくで音を制御することではなく、本来持っている響きを損なわないことだと考えています。


「損失を理解できない状態」が、生命感を失わせる


これは、アンプ側のRCA端子や、あらゆる微小な接点についても同じです。

テスターや測定器をあてれば導通は確認できるでしょう。


「測定上は何の問題もない」と判定されるかもしれません。

しかし、それだけで音楽再生における微細な表現まで損なわれていないと言えるのでしょうか。


Life Soundでは、端子や接点、配線、機器の構造などに潜む微小なストレスに目を向け、LSチューニングを施しています。


その前後で音を聴き比べると、音の密度や生々しさ、演奏の表情が大きく変わることがあります。

ここで誤解していただきたくないのは、私たちが新しい音を付け足しているわけではないということです。


本来そこに存在していた音楽の表現が、途中で損なわれることのない状態を目指しているのです。


測定器で導通が確認できることと、音楽の情報が余すところなく伝わっていることは、同じではありません。


測定値に問題がないという結果だけで満足してしまえば、その測定では捉えられない部分に起きている損失に気づく機会も失われてしまいます。


そこに、現代のオーディオが抱える大きな問題の一つがあると感じています。


数値上の正常さを追い求める一方で、人間が実際に音楽を聴いたときに感じる豊かさや生命感が、置き去りにされてはいないでしょうか。


オーディオショーの会場で、本当に起きていること


何百万円、何千万円という最高級機器が並ぶオーディオショー。

そこで、私が以前から不思議に感じている光景があります。


なぜ、多くの人が腕を組み、静かに、時には硬い表情で音を聴いておられるのでしょうか。

もちろん、音楽を集中して聴く姿勢は人それぞれです。


しかし、私には、その光景の中に、ある種の心理的な葛藤が見えることがあります。

「これが本当に素晴らしい音なのだろうか?」

「これだけ高価なシステムなのだから、悪いわけがないはずだ」

「感動できないのは、自分がこの音の良さを理解できていないからなのだろうか?」


価格やブランド、オーディオの知識、これまでに身につけてきた価値観。


そうしたものが重なることで、人はいつの間にか、心で音楽を聴くよりも、頭で音を分析し、その良さを理解しようとしてしまうのではないでしょうか。


しかし、本当に心が震える感動に出会ったとき、理由を考える必要などありません。

理屈を越えて音楽の生命感が届いた瞬間、人は自然と笑顔になり、顔色が明るくなり、全身の緊張がすっと解けていきます。

言葉よりも先に、身体と心が反応するのです。

そうした反応こそが、音楽を聴く喜びの自然な姿だと思っています。


それとは対照的に、立派な機器が並ぶ会場で、音楽を楽しむというより、何かを理解しようとするように硬い表情で聴き続ける人々の姿を見ると、どうしても違和感を覚えてしまいます。


また、オーディオの知識や固定観念を持たないご婦人やお子さんが、音を聴いて首をかしげたり、興味を示さずにその場を離れたりすることがあります。


そうした素直な反応にも意味があると思っています。


知識や価格による先入観がないからこそ、音楽そのものに対する反応が表れやすいのかもしれません。

高価な機器を使っていることと、人の心を動かす音楽を再生できていることは、決して同じではないのです。


すべてを結ぶ核——本物の「響き」を取り戻すために


では、音源に込められた演奏者の表現を損なうことなく、音楽本来の姿を届けるにはどうすればよいのでしょうか。


私が大切にしていることは、大きく二つあります。


一つ目は、システムの構成をシンプルにすることです。

例えば、余計なクロスオーバーネットワークを必要としないフルレンジスピーカーには、信号の通り道をシンプルにできるという利点があります。





もちろん、単に構成を簡単にすれば良いということではありません。

大切なのは、音楽が通る道筋に余計なものを持ち込まず、それぞれの機器が本来持っている能力を素直に引き出すことです。


二つ目は、システムの入口から出口に至るまで、あらゆる部分に潜む損失や抑圧を取り除くことです。


スピーカーをシンプルにしただけでは不十分です。

ケーブル、端子、接点、機器内部の配線、そしてスピーカーの構造や素材に至るまで、音楽の表現を損なう要素がないかを考えなければなりません。


一つひとつは小さなことに見えても、それらが積み重なれば、音楽の表情は変わってしまいます。


だからこそ、Life Soundでは、目に見えるスペックや部品の豪華さだけではなく、音楽がどのように伝わっていくのかを大切にしています。


この二つが揃ったとき、機器の存在を意識することなく、そこには音楽そのものが自然に息づく空間が生まれます。


オーディオ屋としての、小さなつぶやき


こんなことを書いたら、同業者やオーディオ業界から顰蹙を買ってしまうかもしれません。

けれど、音楽を愛する人々の姿を長年見続けてきた者として、どうしても書いておきたいことがあります。

それは、オーディオ機器を販売する仕事の意味についてです。


ユーザーの皆さんが幸福になっておられなければ、オーディオ機器は本来の役割を果たしているとは言えません。


どれほど高価で美しい機械であっても、それによって音楽を楽しむ喜びが得られないのであれば、何のためのオーディオなのでしょうか。


そして、これは買い手だけの問題ではありません。

販売する側もまた、機器を売ることだけを目的にしてしまえば、仕事の本当の喜びを見失ってしまうのではないでしょうか。


買っていただいた機器がお客様の暮らしの中で生き生きと鳴り、音楽を聴く時間が豊かなものになっていくことに、この仕事の意味を感じています。


機器は単なる商品ではありません。

そこには、設計者や製作者の思いがあり、演奏者の表現があり、それを聴く人の人生があります。

そのすべてが良い形でつながってこそ、オーディオという趣味も、販売するという仕事も、本当の意味を持つのだと思います。


このブログは、決して誰かを批判するために書いているのではありません。

「買い手も、売り手も、オーディオを通して皆が幸福になってほしい」

それが、心からの願いです。


以前、とある量販店さんにお邪魔したときのことです。

仕事の仕方についてお話ししていたところ、「良いですね!好きな製品を販売することが出来て。」と言われたことがありました。

そのときのお顔が、今でも忘れられません。


音が鳴った瞬間、すべての理屈や分析が消え去り、自然と笑顔が溢れ、顔色がパッと明るくなる。

そんな時間を、一人でも多くの方に味わっていただきたい。

ライフサウンドはこれからも、音楽が本来持っている生命感を大切にしながら、一つひとつの微小な損失と愚直に向き合っていきたいと思っています。


オーディオを通して、人が幸福になっていくこと。それが、ライフサウンドの仕事の原点なのです。


 
 
 

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