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音楽再生装置に求められる芸術性とは

lifesound
10月28日
読了時間: 6分


スピーカーの音を決めるのは、スピーカーユニットだけではありません。

楽器が弦や管だけで音楽を奏でるのではなく、ボディや素材が響き、その楽器ならではの音色や表現を生み出すように、スピーカーのキャビネットもまた、音づくりに深く関わっています。


ところが、現在の高級スピーカーと呼ばれる製品の中には、キャビネットの振動を徹底的に抑え、ユニットから出る音を純粋に取り出すことを重視するものが見られます。

もちろん、不要な共振を抑えることには意味があります。しかし、不要な振動を抑えることと、素材が持つ響きの可能性まで排除することは同じではありません。


楽器では素材の個性を生かすことが大切にされる一方、スピーカーでは均質性や加工のしやすさを優先する。そのようなものづくりで、果たして楽器が持つ豊かな響きや音楽の生命を、十分に伝えられるのでしょうか。


米国本国のJBLと、日本のオーディオ市場


JBLには、家庭で音楽を楽しむためのコンシューマー製品と、録音スタジオなどで使われるプロ用製品がありました。

両者は、単に大きさや性能が違うというだけではありません。求められる役割や使用環境、設計上の目的にも違いがあります。


しかし、日本ではJBLの大型スタジオモニターが家庭用オーディオとしても人気を集め、広く販売されるようになりました。


プロの現場で使われる機材への憧れもあったのでしょう。しかし、プロ用として設計された製品を家庭に持ち込むのであれば、その設計思想や使用条件まで理解する必要があります。

例えば、JBLの音響レンズは、高音域の音の広がり方を制御するためのものです。その働きや設置条件を考えず、単にプロ用の大型スピーカーを置けば理想的な音が得られると考えるなら、本来の目的から外れてしまうこともあります。


私が疑問に思うのは、プロ用か家庭用かという名称そのものではありません。

その機器が何のために設計され、どのような環境で使われることを想定しているのか。その本質を理解せず、ブランドや規模への憧れだけで家庭に持ち込んでしまうことです。

音楽を楽しむための装置である以上、家庭の空間で音楽がどのように響き、どのように心へ届くのかを考えることが大切なのではないでしょうか。


JBLの歴史と、現場を知る方から伺った話


先日、当時のオーディオ業界やJBLの歴史をよく知る方から、興味深いお話を伺いました。

その方の証言によると、ホモゲン材が使われる以前、JBLのキャビネットには米松合板が使われており、その響きは良好で、高く評価されていたそうです。


また、JBLが独立企業だった時代から、ハーマン・インターナショナルの傘下に入った後にかけて、企業の方針が変化し、利益を優先する姿勢が強まったことで、ブランドの凋落が始まったという見方も伺いました。


さらに、その変化の中で、エンジニアを中心に優秀な人材が流出していったとのことです。

日本のオーディオ業界についても、サンスイの事業継続が困難になる中で、ハーマン・インターナショナル・ジャパンが設立され、サンスイから主要なメンバーが移籍していったという経緯を伺いました。


これらは、当時の現場を知る方から聞いた証言です。企業の公式な沿革だけでは分からない、現場の人々が経験した変化や、その時代のものづくりに対する考え方を知るうえで、貴重なお話だと思います。


もちろん、企業の経営方針や人材の流出、素材の変更が、製品の音やブランドの評価にどのように影響したのか。それらの因果関係をすべて断定することはできません。

しかし、こうした証言に耳を傾けることで、製品の歴史をカタログやスペックだけでは捉えられない視点から考えることができます。

そして、私が特に注目したいのは、キャビネットの素材の変化です。


素材を生かすことと、均質化すること


木材には、それぞれ固有の構造や性質があります。

木目や繊維の方向、密度、剛性、振動の減衰特性。そうした違いを見極め、素材の可能性を理解し、構造と組み合わせながら音づくりに生かす。そこに、ものづくりの技術と芸術性があるのではないでしょうか。


もちろん、天然木を使えば、それだけで優れた音が得られるわけではありません。素材の性質を見極め、それを生かす設計と加工の技術があってこそ、その価値が生まれます。

一方、MDFのような均質な素材は、加工や品質管理を行いやすいという利点があります。しかし、製造のしやすさや均質性を優先することと、素材そのものの個性を見極めて音づくりに生かすことは、ものづくりの方向性として異なります。


デザインの美しさは尊いものです。美しい外観に仕上げることにも価値があります。

しかし、MDFに突き板を貼り、木の美しさを外観に表現することと、木そのものの構造や性質を見極め、その可能性を引き出すことは別の話です。

素材の本質を見抜き、その性質を理解し、音づくりに生かせること。そこにこそ、優れた製作者の力量が表れるのだと思います。


音楽家が使うヴァイオリンやクラシックギター、ピアノなどには、素材の選択から構造、加工に至るまで、製作者の技術と感性が注ぎ込まれています。

では、その楽器が生み出す音楽を再現するスピーカーは、どうあるべきなのでしょうか。

楽器には素材の個性を生かすことを求めながら、再生装置では素材の個性を均質化し、製造の効率や制振性能ばかりを優先する。それで本当に、楽器が持つ豊かな響きや音楽の生命を伝えられるのでしょうか。

現在のオーディオ製品の多くが、性能や測定値、製造効率を重視する一方で、素材と向き合う芸術性から遠ざかっているとしたら、それは単に音の魅力を失うだけの問題ではありません。


製品ならではの個性や、他にはない価値を生み出す力まで失ってしまうことになります。

芸術性から遠ざかることで、自らの存在価値を損ない、最後には自らの首を締める。私は、そこにオーディオの自滅につながりかねない問題を感じています。


ライフサウンドが考える音楽再生装置


だからこそ、ライフサウンドでは、不自然に思えるスピーカーは取り扱わないことにしました。

ここでいう不自然とは、単に音色が好みに合わないという意味ではありません。

音の輪郭や明瞭さばかりが際立ち、楽器本来の響きや、音楽が空間へと広がっていく生命感が失われていると感じることです。


音を整えることと、音楽を生き生きと伝えることは、必ずしも同じではありません。

キャビネットの不要な共振を抑えることは大切です。しかし、それが目的化し、素材の個性や響きの可能性まで排除してしまうなら、音楽再生装置として何を大切にすべきなのか、改めて考える必要があると思います。


もちろん、時には遊び心も大切です。PERSONAのように、特異な個性を持つスピーカーを扱うこともあります。それもまた、音楽再生の可能性や深さを楽しむためです。

しかし、私たちが何より大切にしているのは、単に音を出すことでも、音をきれいに整えることでもありません。

音を整えるために、音楽の生命まで失ってはいけない。

それこそが、ライフサウンドが求める音楽再生装置のあり方なのです。

 
 
 

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